インドって東南アジア?

デリー大学留学中。ヒンディー語の能力向上、インドを知り、自分を見直すためのTHE自己満ブログ。

「スピリチュアル」

後ろで音が聞こえる車に抜かれるまでにあそこの電柱に辿り着けたら良い大学に受かる。高校三年でも、そんな年甲斐のないことを考えて学校から家に向かっていた。余裕で電柱に着いてしまうと効果が無い気がして、次の挑戦では良い大学に受かる基準を三個先の電柱とかにしてみると、二個目の電柱で抜かれたりして、二個目だからまあまあの大学しか受からないな、と沈んでみたりするけれど、結局俺の志望校はまあまあの大学だったわ、と思い返したりして結局じゃあまあいいや、となったりしているうちに家に着いていた。

 

中学三年生のときで、受験が始まる何日か前に初詣で凶のおみくじを引いたとき、俺の受験は終わったと思った。「願望 叶わず」。それを家族に見せると、おみくじなんて関係ないよ、全部大吉をいれておけばいいのに神社は余計なことをする、と口々に自分の代わりに少し怒り、完全に自分の味方をした。引いておいで、と渡した百円を後悔しているようにも思えて、なぜか自分が不甲斐なく感じていた。

よし帰ろう、と父が言ったとき、それを祖父が制して、大吉が出るまで引いておいで、おみくじはそういうものだ、と笑い、千円を渡した。凶がまた二回出て、泣きそうになって人混みの向こうの家族を見たら、みんな心配そうにこっちを見ていた。俺より泣きそうにも見えた。俺は喜んだふりをして出た、出たと言って、凶をおみくじの群れに結んだ。その年の受験はひとつも失敗しなかった。

 

今日の記事⇒12/5, 2018 Dainik jagran「駐車場と建造物の関係はあなたの安全に深く根差す」

(全文・ガバガバ翻訳)

「家に駐車場を作ろうとするとき、常に家の北西の角に駐車場を作るべきである。この決まりは、車両を一番長い時間置いておくその場所にとって特別に必要なのである。家の南西の角に駐車場を作ることは避けるべきだ。車両を、度々長い間この方角のガレージに止めておかなければならなかったら、すぐに状況が悪くなり始めるだろうという考えだ。小さな車両のためには駐車場は北東方向に作らせ得る。もし北側に場所がなければ、南東方向も選択し得る。もしその方角に置く場合、駐車をするとき、車両の前方部分を南方向に向けるべきではない。さもなければ、その車両の持ち主たちは、商売や活動の分野で苦しみに立ち向かわなければならないこととなる」

「市場など野外での駐車で気を付けるべきこと。街での気ままな駐車は間違いなく大きな問題であるが、これにも注意を怠ってはいけない。建造物の観点から、車両の持ち主と運転手にとって重大な結果の原因となり得るのである。建造物は地・水・火・風・空の五大要素に基づき、これらは誰にとってでも、建造物とその安全、成功にかなり支配的であるのである。もし車両を建造物の対角線に止めておくのなら、不運(土星)と月の満ち欠けの結合を得て、害毒な天体の位置を作る。何か仕事を得るために向かっていて、道中車両の気ままに停めようという動きがあるとき、自身の車両を抜け出させるために、また駐車するために困ってしまうし、その観点はいっそう悪化し、緊張状態を作ってしまう。それによって面接は悪化し得るし、また、失敗に直面し得るのだろう」

「これらにも注意をしよう。スクーターやバイク、自転車といった小さな車両は、北東の方角に停めるべきだ。家の角に車両を停めることはやめよう、なぜならこの場所に否定的なエネルギーがたくさんあるからである。一方車や四駆といった大きな車両は、北東の方角に停めるべきではない。建造物に基づいてこのようにすることに経済的な損害の可能性がある。商業人は、車両の前部分を北側の方向にして、駐車するべきである。商売をする車両の前部分は東の方向に置くべきである、それによって商売をする助けを得られる」

毎回訳している記事にはジャンルがついていて、経済、新聞、国内、海外などと新聞にあるべきジャンルが並ぶのだが、今回の記事はスピリチュアルというジャンルだった。スポーツ紙でもないのに堅苦しくこんな記事が載るインドはやはり面白い。宗教というより風水のようなものなのだろうか、宗教の名前などは出てこない。後々参考にできるように、以下にまとめてみる。

(家に駐車場を作るとき)

基本的には北西方向、小さな車両であれば北東方向でもよい。どうしても北方向に作れない場合は南東方向でもよいが、車両の前を南に向けなければいけない。

(野外で駐車するとき)

建造物の対角線上には駐車してはいけない。

(家に駐車するとき)

家の角に停めてはいけない。商業人は自車を北側に向け、商業車を東側に向けると良い。

f:id:yhkDELHI:20181210233514j:plain
凶でも志望校に受かったのだから、おみくじなんて関係ないなんて言うつもりはまったくなく、凶が出たからこそ、奮起できて合格できたのだ、要は気の持ちよう、なんて凶ベテランの言い分を言うつもりも毛頭ない。第一希望だった男子高校に落ちていたら、共学でもっと楽しい高校生活が送れたかもしれない。そうであるなら、先述の凶は正しいということだ。第一希望だったまあまあ大学に落ちていたら、違ったまあまあ大学でもっと輝けたのか。そうであるなら、三本目の電柱がそのまあまあ大学だったということだ。

受かることが幸か不幸か、それは入ってから決まることなのに、そこまでおみくじや願掛けを引きずることはほとんどなかったことを不思議に思う歳になった。やっと大人になったということなのかもしれない。今になって、時々、自分の他の運命を想像する。あのとき凶のせいだと思っていたことが、実は自分にとって良いことを起こしていたことはないか。あのとき吉だったせいだ、やったと喜んだことが、後々とてつもない不幸を生んだことはないか。

今年のおみくじも凶で、その通り今年一年は良いことがほとんど起きちゃいない。ただそれが、後々幸運につながったなと思える日が来ればいい。それはこれから何が起こるかで決まり、何を起こすかで変わるといい。

 

それにしても、祖父のおみくじはそういうものだ、という言葉は今でも引っかかる。どういうものなのか、未だにわからない。伏線ではなく、ただの優しさだったということか。

 

(元記事:https://www.jagran.com/spiritual/religion-know-about-connection-of-vastu-and-vehicle-parking-18717062.html

「まじめな記事はつまらん」

ヒンディー語を学ぶ意味を度々聞かれ、答えに困ってもう3年目だ。人工が増えゆくインドは確実にこれから波に乗り、日本は比例して増えゆくビジネスチャンスを求めてインドに進出する。多い人口は安い人件費を生み、安い人件費は低学歴層を必要とし、低学歴層にはそれほど英語を話せない人も多いから、自分はその懸け橋になれると信じていて、そこに意義があるとも思っている。イギリスの植民地だったのだから、英語は通じるという短絡的な考えに負けやしない。

ただ長いのである。なぜ?に対する答えとしては長すぎる。かくしてなぜヒンディー語?という答えにはインドがこれから来るから、という薄い返答しかできないことが悩みだったのだが、このブログを始めて、現地メディアがどう考えているのかわかることも大きな利点だと思うようになった。日本で報道されているのは日本側の視点であるべきなのと同様、インドで報道されているのはインド側の視点であるべきで、そこに考えの差異を見ることができると思ったのである。今日はこれを検証したい。

 

今日の記事⇒12/1, 2018 Daink jagran「連邦首相モーディーは述べる、G20のアジェンダでは発展途上国に優先権を与えよ」

(引用・マジでガバガバ翻訳)

「インド連邦首相ナレーンドラ・モーディーは、今G20のアジェンダにおいて、発展途上国に優先権を与える時が来たと述べた。G20首脳会談に参加するために到着したBRICKSのリーダーたちの非公式の会談を呼びかけながら連邦首相は、G20においては相互の協力をすることが私たちの強固さの根底にあると述べる。発展途上国が、その集まりの指導を行っている。これはひとつの良い機会である。G20のアジェンダでは発展途上国に優先権を与えることこそが必要であるのだ」

ポイント①G20で協力して発展途上国支援を。

「インド連邦首相ナレーンドラ・モーディーはテロリズムと頑固さが全世界の前の最も大きな挑戦であると述べた。恐怖のネットワーク、それらが得ている金銭的援助とそれらの活動を止めるため、BRICKSG20の国々は国際連合で恐怖に反対する枠組みを強固にし、協力して仕事ができるようにしなければならない」

「モーディーはBRICKSの加盟国から経済上の犯罪者たちや逃走者たちに対しても協力して仕事をすることを呼びかけた。彼は、このような犯人こそ、世界の経済情勢に重大な危険をもたらしていると述べる」

ポイント②反テロリズム、反経済犯罪のため協力を。

「インドとBRICKSの他4国は、金曜日に規則に基づき、多くに味方する通商方法の呼びかけをした。増えゆく保護貿易主義の中で、BRICKSの加盟国は、先々を見通し、差別のなく、開かれていて、そして結束した経済システムを作り上げることに力を入れた」

BRICKSの国々の会合には、インド連邦首相ナレーンドラ・モーディー以外に、ロシア大統領ウラジミール・プーチン、中国国家主席の習近平、南アフリカ大統領シリル・ラマポーザ、そしてブラジル大統領ミシェル・テメルが参加した。会合の後、共同声明が発表された」

ポイント③インドはBRICKSと共に反保護貿易主義を取る。

G20首脳会談に参加するため到着したインド連邦首相ナレーンドラ・モーディーは、金曜日に、アメリカ大統領ドナルド・トランプ含む幾人かのリーダーたちと共に面会した。彼は中国の習近平主席、ロシアのウラジミール・プーチン大統領、イギリスのテリーザ・メイ首相とも面会した。中国国家主席と共に、インド連邦首相ナレーンドラ・モーディーは、相互の関係を強固にする議論を行った」

「4月に中国の武漢であった非公式会談の後、両国首脳は既に2回会っていた。彼らは6月に中国の青島であった上海協力機構(SCI)の会議でも面会していたし、7月に南アフリカのヨハネスブルクであったBRICKS首脳会談でも面会していた。モーディーは、習近平に対し、来年、ある非公式会談の場でもてなしをすることを希望していると述べた」

ポイント④中国との接近

「インド連邦首相ナレーンドラ・モーディーは、今日あった会合は、私たちの関係を強固にすることにおいて、ある方向性を与える重要な証明だろうと述べた。モーディーは、アメリカ大統領ドナルド・トランプと日本国首相安倍晋三と共に最初の三国会談において、世界、そして多くにとっての利益の大きな問題について議論した。インド太平洋地域における中国の増えゆく圧力の中で、この面会は重要だと認められよう」

ポイント⑤アメリカ・日本との連携。インド太平洋地域における反中国路線。

f:id:yhkDELHI:20181204032429j:plain

画質わっる!!!ワロタ

日本経済新聞の記事「インド取り込み綱引き」によれば、インド関係のポイントは以下。

ポイント①インドに向け日米がインド太平洋戦略に取り込もうとしている。

ポイント②インドに向け中露が新興国としての連携を呼び掛けている。

ポイント③インド自体は経済成長を目指し両にらみ外交状態。

ポイント④日米印首脳会談。中国の経済的・領土的圧力に対し。「普遍的価値・戦略的利益」

ポイント⑤日米印の数時間後中露印の首脳会談も。「広範な共通利益がある」

 BRICKSについての言及がないところと、テロリズムに対する言及がないところが現地紙との違いか。BRICKS日本関係ないし、テロも平和ボケした日本人には関係ないから当たり前な気もする。引っ張り合いという構図は日本の方が強く、インドは両方ともかじっておこうという感じ。小6のときの俺みたい。親友出来んぞ。

 

てか久しぶりにまじめな記事が書けた。

でもポイントはほぼ一緒で労力と合わなすぎるし書いててつまらなすぎる。

ここでめげたら負けだが、ヒンディー語を学ぶ意義からは外そうと思うし、この手の比較は回数を減らそうと思う。負けで良い、俺がルールブックだ。

 

(元記事:https://www.jagran.com/world/other-pm-modi-says-g-20-agenda-requires-developing-countries-to-get-priority-18701467.html

「大人と黒歴史」

大人になるにつれて全体を考えることが出来るようになるというのは、所詮は考えなくてはならなくなるからで、思考の本質は子供と変わりやしないと良い。大人になるということは自分の地位や収入のために、全体の利益になるように動かなければいけなくなるということで、それは当たり前のことだから、どうせ自分もいずれそう動くようになる。これは必ずしも自分がしたいことができなくなり、必ずしもなりたい自分になることができなくなることを意味し、大人になるということは寂しいことなのかもしれないと思わせたりする。

 

全体から見た自分の存在意義と向き合わずにやりたいことが出来るピークは小学生のときで、これは例えば運動が得意ではないクラスの二軍でも運動会の応援団員になれたり、サッカーが得意ではなくても意気揚々と休み時間のサッカーに参加できたり、勉強が全然できなくてもメガネひとつで博士と呼ばれることができる世界だということだ。そんな世界ではまさに何でもありで、21歳になってもなお音符が読めない少年を、音楽発表会のオルガン担当に立候補させ得たりした。

 

今日の記事⇒11/26, 2018 Dainik jagran「連邦首相は述べた、モーディーが行き来しても、インドは揺るぎなくあり続けよう」

(引用・翻訳のガバガバさはご愛嬌)

「五つの州において選挙の開催が宣言されていて、そこではアヨーッディヤーの争点が激しい。これら全ての間で、インド連邦首相ナレーンドラ・モーディーは日曜、彼の談話(Maan Ki Baat)を、この問題から完全に遠ざけた。彼は全てのことを政治的な視点で見、そして考える人々にもきっぱりと教えを施し、モーディーが行き来しても、インドは揺るぎなくあり続けよう、と述べた。彼のきっぱりとした指示は、政治から逸れても何かをすることを巡ってであった。彼は、彼の談話は政府の談話ではなく、これは社会と大志を抱くインドの談話であるということをはっきりさせた」

彼は連邦首相として初めて、Maan Ki Baat(邦訳すれば心の内)という名のプログラムを始め、毎週日曜日、ラジオ番組を通して彼の意見やこれからしたいと考える政策について話している。連邦首相の考えを直接知ることが出来るとあって、好評のプログラムだ。

アヨーッディヤーの問題というのは、ざっくり言えばヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の争いのこと。ヒンドゥー教徒がモスクを壊したことが始まりで、あとは大体想像の通り。

「インド連邦首相ナレーンドラ・モーディーは、日曜の彼の談話の五十番目のエピソードの中で、一つの質問に返答しながら、インドの本質的な生命は政治そのものにあるのではない、と述べた。インドの本質的な生命は国の力でもなく、それは社会の処世にあり、社会の力である。社会には暮らしの何千もの側面があって、それらの中のひとつに政治があると彼は述べる。政治がすべてになってしまったら、政治は健全な社会にとって良くないシステムとなってしまうということだ」

日本では宗教もそれほど重要視されてはおらず、多種多様な文化といってもたかが知れているから理解しがたいが、アヨーッディヤーの件からこれを解釈すれば、彼はヒンドゥー教的与党BJPの長という立場であり、与党である以上政治ではヒンドゥー教の数的優位性が見えるが、これがすべてではなく、つまり与党も野党もそれを包括する政治すら生活の一部分にすぎず、宗教、言語それこそ多種多様なすべての生活を認めるべきだということか。

「時々、政治的な出来事と政治家は、社会の他の様式や他の人生目標が圧されてしまうほど支配的になってしまっているが、インドのような国の明るい未来のために、人々が対等の様式と人生目標に対してふさわしい地位を得るようなこと、これが私たちすべての集団としての責務なのである」

 

その日のMaan Ki Baatで述べたこととは。

「彼は、家族の大人と子供の間で心を開いて行う会話で出てくる欠陥を巡っての憂慮を知らしめ、今この会話はただ勉学、しつけ、そしてこうすべき、こうすべきではないということまでに限られ続けてしまっていると述べた。彼は、幾人かは青年たちの中には落ち着きがなくなっていると述べるが、彼らには無駄にする時間もないのだと考える、と述べる」

当たり障りなすぎ。いいやつかよ。

 

「連邦首相ナレーンドラ・モーディーは、2014年10月は始められた連邦首相談話(Maan Ki Baat)を言及しながら、時々談話は馬鹿にされたりもするが、私の心にはいつも13億人の国民が居続けていると述べる。そして彼は、この間にスワッチ・バーラトとSelfie with daughter運動を挙げ、如何様にして談話で述べられたこの話題が全インドに広まったかを述べた」

「連邦首相ナレーンドラ・モーディーは、私たちの文化は不滅だと述べた。談話で表に立った13億人の国民たちの小さなこれらの物語はいつも生き続ける」

「ある質問の返答において連邦首相ナレーンドラ・モーディーは、談話を始めるとき、これにおいて政治はないように、政府の称賛が無いように、そしてどこにもモーディーがないように、と決めたのだと述べる。私のこの決意を守るために、何より大きな支えと励ましをあなた方すべてから得たと述べ、モーディーはこの間に、核実験とヒマーチャル旅程に関わる、あるテーマについても共有したのであった」

談話に政治がないように、ということはこのプログラム自体が政治戦略と見れば理解し難いが、与党の長としての自画自賛をしないという決意は純粋にすごくて、まさにジ・大人だ。ここでビバ・ヒンドゥー教!悪いのは全部イスラーム教だ!インドが嫌いなら出ていけば良い!と叫べたらどんなにいいだろう。ヒンドゥー教徒はインドの多数派を占める。上手くいくかもしれないし、連邦首相に長い間就けるかもしれない。BJP政権になって様々なプロジェクトが前に進められるようになった。毎週日曜日の談話でこれをアピールすればもっともっと支持率は上がるかもしれない。体裁、常識、心証、戦略。色々な事象に囲まれて言えないことも、できないこともある。自分を押し殺す。全体を見て、その上でどうするか考えることが、インドを良くするために考える、ということだ。

f:id:yhkDELHI:20181128203346j:plain

小学生にとってリコーダーと鍵盤ハーモニカ以外の楽器で発表会に臨むことは一種のステータスになり得、その割には音楽の授業では個別に立候補を募り、かつじゃんけんで決めるからなおさら緊張の行事だったように思う。今思うと愚の一文字だが、その時はもはや楽器名なんて気にせずすべてに手を挙げていた。じゃんけんに勝つ。楽譜を貰う。そこには電子オルガンと書いてあって、訳も分からぬ音符が紙を埋め尽くしていた。泣きそうになった。

次の日の昼休み、音楽の先生にそれを伝えると、当然ながらなぜ立候補したのか怒られ、もう変えることはできないから、といって右手だけで弾ける楽譜を貰った。その楽譜には音符がソとラしかなくて、いなくてもわからないレベルだということは小学生の目にも一目瞭然だった。

 

発表会の日。六時間目に発表会があって、五時間目は授業参観だったが、心はずっと晴れなかった。社会の時間、憂鬱になりながら右手の窓越しに父母の塊を見ていると、両親が並んでこちらを見ているのがわかった。目が合うと母は手を振って笑い、父も腕を組んだまま笑った。目を逸らした。小学生でも抱く恥ずかしさというより、これから起こることを考えたからだ。

発表会はステージに大多数のリコーダー勢と鍵盤ハーモニカ勢が並び、左手に数台の電子オルガンと打楽器。自分以外は意気揚々と両手で弾いていた。自分の左手は置いているだけで、観客の方には目を向けず、必要もない楽譜を見ていた。いつの間にか演奏は終わった。単純極まりないソとラの連続ですら2、3か所間違えた自分の演奏なんかには誰も気づかず、親だから皆拍手していたし、家に帰ると、両親はすごかったね、いつ練習したのと褒めた。俺は昼休み友達と、と言った。ずっと下を見ていた。俺以外の電子オルガンは皆女の子で、一緒に練習なんてできっこなかったからだ。

 

全体を考えるということ。自分の立ち位置を考えるということと、誰かの立ち位置を考えるということ。適材適所。自分より適した人材がオルガンをやるべきだった。皆の利益を考えて学校という小さな社会ですら良くしようと考えられなかった。小学生のことで、良いとか悪いとかいう問題ではない。ただ、子供だったということだ。

否が応でも適材適所を求められる大人。全体を見ることを求められる大人。選択の余地がなくなってしまうし、言動も縛られるからこそ悲しい気もするが、黒歴史を生み出しづらいことを救いに歳を取りたい。あと2年は恥の多い人生を送ろうと思う。

 

(元記事:https://www.jagran.com/politics/national-prime-minister-said-that-modi-will-come-and-go-but-country-will-remain-firm-18680935.html

「儀善」

思い返すと、偽善という言葉が刺さることを沢山してきた。ボランティア証書欲しさに学校周辺のゴミを拾った。敬老会の準備もした。内申のほんの数点の加点欲しさに綺麗事を言って生徒会の役員をしたこともあった。地域を変えたり、学校を変えたりという大義名分の中に、自分の思惑がばっちり見えるまさに偽善だが、その時はそんなことを批判する尖りを見せていたら苦しむのは自分だということに疑いが無かった。

偽善者にとって一番厄介なのは偽善を見抜き、それを指摘する奴で、偽善者はどんな反論をしても図星感が拭えず、残された道は切なく笑う道のみだ。善行の中に偽善があって、自分のためであったとしても世のために前に進もうとしていることは事実なのに、なぜ切なく笑って下を向くかといえば、抱いた大志という名目の大義名分をかなえ得る力がないことを指摘する奴は気付いていて、自分に否が応でも知らせようとするからだと思う。

今日の記事⇒11/21, 2018 Dainik jagran「農民たちの借金免除の後、Big Bは衛生のために大きな仕事をやってのけるだろう」

「千年にひとりのスターと呼ばれるアミターブ・バッチャンは、地下の穴に潜って下水の清掃をする作業員のために五十台の機械を贈呈する予定だ。彼は人々の生活を安全なものにし、彼らも権利を持つ、彼らが社会的敬意を受けることを望んでいる」

「映画俳優アミターブ・バッチャンは自身のブログで、ごく最近に数人の清掃作業員の死亡のニュースを見たと書いた。手での汚物の清掃は、これらの清掃作業員の仕事をかなり難しくしている。清掃の道具という名の下で、彼らは最大でも籠と、草帚、そしてバケツのみしか持っていないのである。彼らは町のマンホールに、清掃のために入る。何の防御する道具もなく、なにより非人道的な状況で仕事をせざるを得ないのである」

「アミターブ・バッチャンは、最近十五時間の衛生活動の間にこのニュースを見て、これらの作業員のために五十台の機械を購入することを決めたという。これによって、製造作業員たちは、マンホールの中に入る必要はなくなった。この機械を介して、外からマンホールと下水の清掃をし得るのである。これらの機械は偉大だ。動かすのに少し複雑さはあるが、これによって仕事は上手くされ得るだろう。アミターブ・バッチャンは、一日以内や二日以内に、自治体に対し、トラックで運びうるようなこの機械の大規模なバージョンを寄贈するともいう」

インドではアミターブ・バッチャンにはもう十分すぎるほど知名度も好感度も力もあり、売名の必要はないことをみんな知っているから、この行為に対して偽善だ、売名だという声は上がっているのを聞いたことが無い。日本では誰が募金をしてもボランティアをしても、それを公表すること自体を偽善といって叩く。本当に世を思っているのなら公表しなくていいじゃないか、ただ自分は良い人だと見せたいだけだろう、といって叩く。世の中にとって良いことをしたのに、逆に批判される社会だったりする。

f:id:yhkDELHI:20181125171630j:plain

朝七時に集合。先生のお話。二時間無心でゴミ拾い。先生のお話。解散。百人近く参加したと思う。皆が大きなゴミ袋いっぱいにゴミを持ち帰ってきたから、学校は見違えるほど綺麗になった。先生も地域のおばあちゃんも皆を褒めてくれたし、家に帰れば両親が頑張ったな、と言ってくれた。一回風呂に入って汚れた身体を流したら、なぜか大きな仕事を成し遂げたような気分になった。清々しい。いい気分だ。またやろう。通知表をボランティア活動でいっぱいにしよう。俺は良い人間かもしれない。

そんな気持ちに水を差すのが偽善という言葉だ。学校なんて別に汚くていいと思っているくせに。内申点が欲しいからって、偽善だ。くだらない。そう指摘されると何だか自分は悪いことをしているような気がしてきて、せっかく膨らんだ善行の野望もしぼんでしまう。

 

偽善という言葉につぶされた善行が、日本にはあまりに多すぎる。偽善という言葉の定義は、本心からではなく、上辺を繕ってする善行のこと。善行。人の本心は他人には読めないから、純粋な善行か偽善かなんてその人のみ知ることなのに、周りが口出すことが多すぎる。偽善が人を傷つけることは少ないのはこれがあくまで善行だからだと思う。反面、善行の本心を探ることは偽善以下の有難迷惑で、この世に利益をもたらしやしないのに。偽善万歳。

 

ただ偽善が褒め言葉になるには、偽が邪魔をしている気がする。儀かなんか充てるのはどうだろう。意味はあとから考えよう。

 

 

(元記事:https://www.jagran.com/news/national-big-b-to-aid-sewer-workers-by-donating-50-machines-18665625.html

「表裏」

前回の記事から時間が空いたのはインターンの出張が多忙すぎたからだが、それでも「三日坊主」というパワプロの赤特殊能力にあってもおかしくない習性が自分に邪魔を仕掛けたのは事実で、ずるずると日が過ぎ、よしやろうと思った昨日に限って、野犬に噛まれて注射行脚を余儀なくされるのだから、パワプロ同様この習性を消すのは意志だけではどうしようもなく、神の思し召しに頼るほかないように思えてならない。

 

吉凶禍福は糾える縄のごとし。人間万事塞翁が馬。好事魔多し。それぞれ意味は違えど、良いこと、悪いことだけではいかないことを表していて、長い人生で見ればそりゃ幸も不幸もあって当然だと思えたりするけれど、良いことがあってもこれで兜の緒を締めたり、悪いことがあっても切り替えられたりするのだから納得した風にいた方がいいのだろう、こう思うことすら、神の幸、不幸の割り振りに文句を言わせないようにする神の戦略であったりするかもしれない。奨学金を貰った次の日に野犬に噛まれる。不思議なものだ。

 

今日の記事⇒11/18, 2018 Dainik jagran「8か月前の列車によって轢かれ死んだ人が生き返った」

(全文・久しぶりのガバガバ翻訳)

「8か月前、ヒーラーナガルにおいて列車に轢かれ死んでしまい、家族たちがそれを受け入れたのち火葬しつくされた青年が、突然生きて帰って来た。このような状況の中で、結局列車事故の犠牲になった青年は誰だったのかという疑問が生じる。一方で、県の総監、ラーフル・ヤーダヴの指示で、医師たちのチームは遺体を墓穴から取り出し、サンプルを採取して、DNA鑑定のためにFSMに送った」

「鉄道警察は、ヒーラーナガル鉄道線路で3月9日、身元不明の遺体を発見した。警察は遺体を、身元判別のために、地元の病院に安置させた。この後、メーンダル・タへシールに住む一家が遺体の身元を自身の息子、ムズミルとした。しかし今、8か月が経ってムズミルは戻ってきた」

「ムズミルを見て、村人たち、そして家族たちですら気が動転してしまった。ムズミルは、仕事の関係で村外に出ていて、それによって家族のメンバーに連絡出来なかったという。このあと、鉄道警察はメーンダルに到着した。すべての陳述を集めたあと、鉄道警察は県の総監に対し遺体のDNAサンプルを採取する申請をした。もし誰かが遺体の身元を主張した場合、DNAを照合できるように、である。この後で総監は、遺体を墓穴から出し、DNAのサンプルを採取する指示をしたのであった」

インドの各所のずさんさが表れた面白い記事だ。遺体が判別できないほどひどい状況ならば、DNA検査をして結論を出すのが通常のやり方だろう、これはもう全国共通で。仕事の関係で村外に出ていて連絡できなかったことからは地方との通信技術の格差を感じさせるように思えるし、埋めてからそれを掘り起こしてサンプルを取るのもやばい対応に思える。だが何より無念なのはこの遺体だろう。

f:id:yhkDELHI:20181122031010j:plain

幸と不幸。表と裏があるように、この事件の裏には火葬され埋葬された遺体がある。家族のもとに、死んだと思った息子が戻ってきた。なんと喜ばしい。その裏には、知らない青年に間違われ、嘆かれ、焼かれ、埋められるまで自分はその青年じゃないと叫ぶことすらできなかったもう一人の青年がいる。最後の姿を見ることもなく、焼かれてしばらく埋められていた我が子を見なければならない親が出てくる。この表裏は間違いなく、ずさんな確認によって生まれたものだ。適切な確認があったのなら、轢かれてしまった悲しみはあっても、余分な表裏は生まれなかった。面白い勘違いでは済まない。

 

近くで男の子が轢かれて亡くなったんですって。良い子だったのに可哀想ねえ。お父さんもお母さんも泣いてたわよ。そりゃそうよねえ。突然息子がいなくなってしまうんですもんねえ。あたしだったら絶対おかしくなってしまうわ。こんな話してたら声聞きたくなっちゃったわよ、いつも喧嘩ばっかりするのにねえ。じゃあね、帰ったらすぐ電話しようっと。

 

電話は一生繋がらない。

 

(元記事:https://www.jagran.com/news/national-man-returned-after-8-month-of-his-death-18649605.html

「あとのまつり」

自室にはいわゆる要らない物が度々溢れるが、それは後々見返して懐かしみを与えてくれるのではないかという淡い期待感が、場所を取るという自分にとっては微々たるデメリットを上回ると信じているからだ。誰かから貰った手紙や写真の実用性は確かにゼロだが、そんなことを考える方が野暮というもので、例え中学の参考書にでも、頑張った思い出が宿っているものには価値があると思っている。物には持ち主の魂が宿ると教えられてきた。

そう教えておきながら、先生という役目を8割方終えた親兼家主としては、そんなこともう知ったことではなく、彼らにとっての余分な場所を取るという大きいデメリットは捨てるというシンプルな作業を行うことで解決するから、断捨離という鬼畜の宣言を容易に下す。嫌々ながら自分も従うと、そこに残るのはスペースだけだ。自分が大切にしていた思い出の余地は、もう二度と戻っては来ず、悲しんでももうあとの祭り。がらんと残されたスペースは、さながら祭りの片づけ後のようで、物寂しくもある。

 

今日の記事⇒11/9, 2018 Dainik jagran「高額紙幣廃止の反対をする国民会議派のデモ」

(引用・長くて少し疲れるためガバガバ翻訳)

「高額紙幣の廃止から2年が完了する契機に、インド国民会議派の政治家たちは金曜日、大規模なデモ活動を行い、中央政府に対し、激しく自らのスローガンを叫んだ。彼らは、インド連邦首相、ナレーンドラ・モーディーによって2年前になされた高額紙幣廃止の号令は、インドに対する欺きであったと述べる。これによって、インド経済に損害を被ったとも述べている。インドにおいて稼働していた何千もの機械工場が閉鎖してしまった。50万より多くの人々が失業してしまった。インド国民会議派の県議会議長アルワド・クマールや、スポークスマンのラームヴィラース、前議長のムリッティユンジャエ、デーヴナーラーヤン・ヤダヴ、アクシャエラール・パースワーン博士、シャームブリー・パースワーンそしてラッルー・プラサードによって率いられデモを行っていた政治家たちは、高額紙幣の廃止がインドの情勢を困窮させたと述べているのだ。中央政府は、毎年2000万人に仕事を与えると約束したが、政府はこの約束を忘れてしまっていると指摘する」

2年前、野党インド国民会議派に対する与党BJPのナレーンドラ・モーディーは、唐突に高額紙幣の廃止を宣言した。インドにはブラックマネーが横行しているが、それらは違法な方法で得たお金であるから勿論口座には入れることができないということを逆手に取るため、唐突の宣言を下したのであった。口座に入っていれば、お金をおろすときの札の種類が変わるだけだろう、ということ。しかし実際は大混乱を巻き起こした。何日か後に、手元のお金は紙切れになる。銀行には両替のために人が押しかけた。口座に入っていなかった多額のブラックマネーを葬るために、とにかく大混乱を巻き起こした過激策である。野党インド国民会議派に限らずインド国内に大論争を生んだが、はや2年経ち、なおもインド国民会議派はデモを起こしたのだった。

「現政府を退かせるための決意をした。彼らは、インド国民会議派の指導者ラーフル・ガーンディーの指導の下、インドに評判の良い政府を作ることが必要だと述べる。高額紙幣の廃止によって、国家に対し何の利益も生じてはおらず、経済は発展する代わりに、損なわれ続けたと述べ、この政府は、いずれの前線でも失敗していると主張している。アヌグラハ・スマーラク(記念碑)から始まったデモは、ラメーシュ・チョウクまで到達した。ここでは、インド国民会議派の政治家たちは、高額紙幣の廃止からインドに起きた損害について言及した。彼らは、中央政府は声明文を完全なものにしていないと述べる。海外からのブラックマネーを戻って来させることは叶っていない。加えてこの政府は企業を統制する法律を作り、インドルピーの価値は落ち続けている。ディーゼルとガソリンの値段は増え続けている。来るインド連邦議会下院選挙においてBJPを一掃し、インド国民たちはラーフル・ガーンディーをインド連邦首相とすることを決心しよう、と彼らは述べる」

高額紙幣の廃止によって生じたメリットはデメリットを遥かに下回るというのが大方の意見だ。スワッチ・バーラト・キャンペーンや、どでかいパテール像に紛れてはいるが、インド国民会議派が主張する通り、現在インドルピーの価値は下がり続けていることは問題になっている。様々な因子が考えられようが、世の野党の形同様の主張をもってすれば、すべての責任は与党にあるというのだろう。

f:id:yhkDELHI:20181111200746j:plain

ただ毎回のごとく偉そうに書いても、所詮は結果論だ。インドの偉い人、頭が良い人、お金がある人が熟考に熟考を重ねて出た結論、そしてその末路は自分の想像を超えた範囲にまで渡るのだろうから、自分が意見するなど愚の骨頂。本当に高額紙幣の廃止が、現在のインドルピーの価値の下落に関係しているのか。もたらされた工場の閉鎖は、本当に高額紙幣の廃止だけが故なのか。現実に数々起こる問題は数えきれない要因によって起こり、一つの行動のみに起因することは絶対に無く、無知な自分が判断し得る範疇を超えている。

 

だが捨てるという行為は、どう頑張っても元に戻ることができない過程だと俺は信じている。再び捨てたものを戻しても、捨てたことで生じた影響は確実にその邪魔をし、いずれにせよ不便や不満を生じるものだからだ。思い出に満ちた参考書を捨てた後に同じ参考書を買っても、そこには思い入れがないから不満が付随する。一旦廃止した紙幣を復活させても、増やした小額紙幣やそれに伴って生まれた人々の習慣はすぐには戻らず、インド経済にまた影響を与えうるから、これには不便が付随する。いつだって捨てるという行為は仕事量の割に大きすぎる決断を要するものだ。

 

結局、悲しんでもあとの祭りとなった部屋がまた思い出の余地という名の不要物で満ちるように、また問題が続々生じてしまうのが世の摂理なことは確かだ。

 

(元記事:https://www.jagran.com/bihar/aurangabad-congress-procession-18620450.html

「郷愁」

年始の恒例行事である餅つきを、我が家では年末に行う。もち米を冷たい水で洗い、窯を組み立てて、窯の中にそのもち米と水を入れるところまでは大人の仕事。俺と弟は、枝を集めて火の前に座り、適度に木を加える火の番が主な仕事で、仕事量はただテレビを見るのと変わりはしないのだが、甘々な祖父母はこの仕事すら褒めたから、毎年得意げになったものだった。小学一年生の自分は、二十歳になっても祖父母は自分達に甘々で、自分達が相も変わらず火の番で満足しているとは思いもしなかっただろう。

                 

そんなわけで、冬の冷たい空気と、何かが燃えた匂いは餅つきを連想し、祖父母の家がある田舎への郷愁と、家族団欒のワクワク感を思い出させるのだが、インドでは今週はディーワーリーというお祭りで、これでもかと花火やら爆竹やらを鳴らしたから、もう寒い朝の空気とその残り香が先述の年末の日常を脳裏によぎらせた。ディーワーリーは基本的に家族で祝う祭りで、本格的に夜になると街に人が少なくなったことが、昨夜独りぼっちな自分と自然と対比されたこともあって、忘れかけていた留学序盤の寂しさが再び自分の体調を崩そうとしていた。

 

今日の記事⇒「ディーワーリーの次の日、デリー・NCRに来る冬」

(全文・祭り後のふわふわ感で翻訳の甘さに拍車がかかる)

「ディーワーリー祭の次の日である木曜日に、デリーの長いいつもの冬が、NCRの戸を叩く。気象庁によれば、山間部で降雪があることによって、デリーでも寒さが増すということだ。数日前から冬の空気とともに太陽の熱が弱くなったことで、寒さを感じさせ始める地域の人々に、衣装缶にしまってあった服を引っ張り出させ始めた、ディーワーリーの次の日、冬の寒さが増してくることで、セーター姿も見受けられた。これだけではなく、バイクを移動手段とする人々はジャケットすら着ながら運転していた」

f:id:yhkDELHI:20181109031342j:plain

NCRのいくつかの地域でも、布団と毛布の日々へ戻した。ほとんどの家々では、暖かい服が引っ張り出された。朝夕、道に出る人々は暖かい服と共に外に出ている。どうあれ、寒さの日々が日ごとに増してきている」

まずNCRとは、首都ニューデリーを含む首都圏地域一体を表す。具体的には、デリーと、デリー以南に位置するグルガオン含むハリヤーナー州の一部、そしてノイダ含むウッタル・プラデーシュ州の一部にあたる。日本では夏の暑さは彼岸で一区切りであるのに対し、デリーの暑さもディーワーリーまでというのは在印日本人では良く言われることだ。インドでも朝晩はもうパーカーを着ないと寒い季節になっている。

 

夏の暑さで郷愁に駆られたり、物寂しさを感じたりすることは少ないのに、寒さがこれらを運びやすいのはなぜだろう。寒くなった空気と、火薬のにおいが楽しかった田舎での年末の光景を思い浮かばせると、普段気にも留めないような、ディーワーリーセールに集団を為す家族連れが、自然に目に入るのはなぜだろう。この郷愁と光景は、とにかく一人暮らしがしたいと駄々をこねていた過去の自分を責めるが、またどうせ帰国したら一人暮らしへの夢を膨らませるのだと思うと不思議な感じがする。

 

独りぼっちで家に帰る。3階の自宅まで、階段の一段一段に蝋燭が置かれていて、階段は普段より明るく照らされていたが、心は晴れなかった。爆竹の音と楽しそうな声にいらついてイヤホンをつけようとしたら、ベルが鳴った。誰かと思えば、お菓子を持った大家さんだった。

ハッピーディーワーリー。お菓子は甘すぎたが、近ごろはインドも悪くないと思える時があったりする。爆竹の音はムービーに収めることにした。

 

 

(元記事:https://www.jagran.com/delhi/new-delhi-city-ncr-winter-season-comes-in-delhi-and-ncr-18616705.html